白紙になった国立新競技場

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前々回の続き。

アンビルドな建築からその人の人物像を掘っていこうと思う。多少浅くても目を瞑って。

 

その前に他の人のブログを見て思ったこと、

皆面白い。言葉選びが上手い。緊張と緩和のバランスが良い…

…まぁ自分らしく行きましょ。読みにくくても言葉に書くことで整理はできるし。

これからも温かい目で見守ってください。

 

さぁ本題に入ります。

今回参考にするのは、ザハハディドが生前にデザインした国立新競技場。

こちら↓

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2020年に開催されるオリンピック。

その新競技場のデザインコンペで優勝し、実現すると言われていたのが上の写真にある建物。

そう。結局実現しなかった。いろんな制約を掻い潜り、何百回も話し合い、あとはなんとか大臣の押印を待つだけだったのに。多分コストが凄かったのかな、まぁ仕方ないか。ザハハディドのデザインはそうだし。

ザハハディドはもう亡くなったしまったが、生前にあらゆるランドマークの建築を世に残した本当に、うん。すごい人。めっちゃ好きです。

ザハハディドの作品を見ると、そこの場に、空間に、景色に、建造物をいかにして溶け込ませるかが大事だよと言われてる気がするんです。勝手な解釈だけど。

そのテーマがこの国立新競技場にも使われていたのかなと思う。

確かにぱっと見、UFO🛸。

けど、俯瞰してみたらそこにあっても違和感なくその場に溶け込んでいる。

 

 

その場に、空間に、建築を溶け込ませる。ほかにもいろいろあるとは思うが根本の考えはきっとこれ。このテーマを突き詰めた結果この形になりました、みたいな感じかな。憧れる

 

 

1つのテーマを深掘りして、考えて考え抜いた挙句出来るもの。全てのことに言えるけど最後はどこかに自分の色が入ってるから形も空気感も全く違うしそれぞれの個性溢れてる

 

実現しなかったこの競技場もそう。何千枚もの設計書を書き、何回も模型を作り、形にした。

(今、埼玉県立近代美術館に展示されてます)

1つのテーマを徹底して深掘りしこのUFOができた。目立ちたくないのにこの形になってしまったそう。

 

ブログ書いててやっぱ思った。複雑な形、物を作る人ほど根本の考えはクリアで、クリアな形や物を作る人ほど考えが複雑。(聴竹居とか)

 

このことからザハハディドをはじめとするアンビルドな人達は素直だろうなと率直に感じた。

表面の形と深層にある考えがこうも真逆だと本当に不思議だなと、面白いなと。思った

 

まとめとしては、物事を複雑に考えることよりもそれを考え抜き形に、言葉にしていくことを意識したいなと思った。

 

そのためにはもっともっといろいろ見ていかなきゃな。

 

以上になりますが、何か思ったこと、感じたことがあったらコメントよろしくお願いします😉

 

                                   FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が苦くしたチョコレート

今週のお題「わたしとバレンタインデー」

 

このお題を見た瞬間、幼稚園の頃に経験した苦い思い出と当時の未熟さが蘇った。

僕が幼稚園に通っていた時の話。

クラスは男女合わせて30人くらいで、確かひまわり組。比率としては女子の方が多かった。

 

朝、クラスのみんなが集まると一斉に外に飛び出して上半身裸になり、鉄棒をし、走り回り、追いかけっこするよくわからない習慣があった。

 

そんな場所にも訪れるバレンタインの日。

まだこの日の意味をあまり理解していなかった僕は、うきうきもせずいつも通り幼稚園に行った。

 

そしてその日のホームルームが終わり、帰りの支度をみんながしはじめ、なんだかぎこちない雰囲気が教室に溢れた。

 

すると、隣に座っていた女の子がこっそりと

「これあげる。バレンタインだから」とチョコをくれた。嬉しかった。

僕は「ありがとう」と照れながらお礼を言った。

すると、その隣に座っていた子や前に座っていた子、1番離れた斜め右前に座っていた子も僕にチョコレートをくれた。

記憶は確かではないが12.3個貰った。

そしていつも背負ってるリュックにチョコレートをしまい、帰ろうとした。

 

ここで終わりたいのだが、

苦い経験の話はここから。

 

チョコレートをリュックにしまい、教室を出ようとした時、ある男の子(A君)が泣きながらこちらを見ていた。

A君は僕より多くチョコレートを貰っていたが、好きな女の子(B子)からは渡されなかった。あいにく僕はB子からチョコレートを受け取っていた。

少し時間を置き、状況を理解できた僕はB子から貰ったチョコレートをA君に渡してしまった。

(受け取る方もどうかと思うが、A君も同じくアホでした)

するとA君はニコッと笑い、仲良く2人で向かいに来てる親の元へ行きそれぞれの家に帰った。

 

その日の夕方、当然のようにA君の母親から僕の母親に電話がかかってきた。

僕宛のチョコレートをA君が持っていると。

僕は何食わぬ顔でその時の状況を話した。もちろん母親は怒った。(当たり前だけど)なにしているのと。その時バレンタインデーに貰うチョコレートの意味をしっかりと叩き込まれた。

 

その後すぐさまA君の家にチョコレートを取りに行き、B子の家に謝罪の電話をした。

 

その日の夜、B子から貰ったチョコレートを食べた。苦かった。B子の気持ちを踏みにじった申し訳なさと、自分の情けなさのせいで。

本当にアホだなぁと。

 

今、当時を振り返りながら書いていたがふと思う。

悲しんでいるA君にチョコを渡した自分と今を生きている自分で何か変わったろうか。

いろんな物事を表面的に捉えず、その本質を見抜けているのかなと。

どちらかと言うとできていないかもしれない。できるようになりたい。できなきゃまずい…

頑張ろう。

 

 

 

さぁ今年はチョコレート貰えるかな。

受け取ったら他の人に渡さないようにね。

 

 

                                                                  __end

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挑発的で素直な建築🕌

アンビルドな建築を発信している者は皆、

素直な気がする。

そんなことを考えた昨日だった。

 

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以前から、アンビルド(実現されなかった建築、まだ実現されていない建築)に興味があり、アーキグラムの建築などをよく見ていた。

SFに寄った建築であるため、形が面白く、

そこにあるだけでランドマークになり世に発信する大きな力がある。

だが、この形や機能を受け入れられないことが多く、

「構造に問題があり建設不可能」

「市民投票によりこの案は否決する」など

実現に向けて捧げた時間を根こそぎ引っ張るような事がある。両者が譲歩し、形にして行くのが面白い所なのだが。

実際に実現したケースもあるがまだまだ実現されない魅力的な建築も多い。

 

でも今なら全部実現できる気がする。

 

タイトルに戻りますが

挑発的な形の建築を作る人はとても素直。

 

 

これを次回実際に写真を載せて色々紹介して行けたらなと思います。

 

ここまで読んでくれた方有難うございます。

言葉を選ぶこと、読み取る事を得意にしたいと思いはてなブログ始めました。

 

自己紹介遅れましたが、

現在空間デザインを学んでいる学生です。

次回もよろしくお願いします✌︎